6.平安仏教 ~真言宗~

仏教

密教とは、超人的なトレーニングを積んだ人が超能力を発揮する(と信じる)こと。
天台宗の特徴がつかみにくいのは総合大学であるが故でした。対して、真言宗は密教専門大学です。空海(弘法大師)が高野山に金剛峯寺を開きました。かつての留学仲間とはいえ、最澄と空海は微妙な関係にあります。司馬遼太郎の「空海の風景」に詳しいです。
最澄は朝廷から天台宗を修めることが求められた留学僧でした。かたや空海は唐で流行っていた密教を修めた私費留学生という立場でした。最澄は帰国後も空海と交流を持ち、密教経典や法具を貸りたり、密教を習得させるために弟子を派遣したりしましたが、その弟子が途中で真言宗に転向するなど次第にふたりの関係には齟齬が生じていきます。

仏教の目標のひとつに悟りを開くとか、輪廻転生を繰り返して最終的にその輪から外れて(解脱)仏に成る(成仏)というのがあります。密教はその目的へ達するための手段がユニークです。
みんなが知らない秘密の修法を用いて、超人的なトレーニングを重ねていくことで、現世に、しかも生きたまま仏になることも可能とします(即身成仏)。
学術仏教としてのアプローチでは、精神世界を図式化した金剛界曼荼羅、全宇宙を図式化した胎蔵界曼荼羅があります。マクロもミクロもいずれもその中心は大日如来です。

参拝した寺院のご本尊が大日如来ならまずは真言宗系統でしょう。
関西では虎のお寺で有名な朝護孫寺に参拝したときに、大日如来のご本尊の前を僧侶が普通に電気掃除機で掃除していた景色には驚きました。掃除も作務として修行である禅宗系ではあり得ないのではないでしょうか。密教系は冷水行やたき火の上を歩いたり、修験道と融合した回峰行などの肉体を酷使したり限界に挑戦する荒行が特徴です。掃除の位置づけも自ずと異なるのでしょう。
こんなところにも仏教がひとくくりにできない違いがあっておもしろいですね。

真言宗 ~超人・空海の伝説。 加持祈祷、まじないごとならココが専門~
交通安全、家内安全、出世願い、良縁、子宝授け、病気平癒、などなどお寺に願を掛ける仕組みがあります。歯痛で困っているひとが眼科を訪れてもダメなように、お寺にもそれぞれ専門があります。

願掛けや、加持祈祷は目前の欲求を実現して欲しいと神仏にお願いすることです。
すなわち「現世利益」です。
現世に絶望しても、来世で阿弥陀様の世界に生まれ変わることが出来るとした浄土教とは対照的です。
密教ではそんなあるかどうか分からない来世よりも、「現世」がキーワードになります。

輪廻転生を繰り返し何度も何度も死んでは生まれ変わって成仏を目指すというのが仏教の基本形です。
しかし、真言宗では現世で成仏が可能といいます。すなわち即身成仏という手段です。
空気穴を開けた地中に生きたまま埋葬されてミイラ化した遺体を仏像のようにお祀りする寺をTV番組で見たことがあります。生前の姿を映した木造というのは酬恩庵の一休像などのようにときどき見かけます。しかし、その人そのものの干物!というのはちょっといかがなものでしょうか。ケガレ思想の強い神道的感覚からは忌避されそうなものです。ちなみにこれは真言宗限定だと思います。

有名な話しですが、高野山・金剛峯寺の奥の院では、弘法大師はまだ生きているとされ、毎日2回の食事が供されています。
延暦寺も密教機能(台密)をもっていますから、金剛峯寺に負けじと伝教大師に朝夕の食事が運ばれています。
他の宗派、たとえば念仏系、法然上人を祀る浄土宗・知恩院や、親鸞聖人を祀る本願寺では宗祖へ食事を供することはないと思います。来世で阿弥陀如来の主催する世界へ転生しているはずで、現世にはいないはずだからです。

ところで、一般家庭で仏壇にお仏飯をお供えすることがありますが、あの習慣はどこから来たのでしょうね。仏様は線香など香りが食べもの?と聞いたこともありますが、お仏飯は神棚、神社といった神道系のお供えからきた習慣と考えると納得できそうです。


東寺の立体曼荼羅は見事
京都駅の南側にある東寺は、教王護国寺として朝廷から空海に譲られました。
内面世界や宇宙観を言葉で説くよりも図で表して説明するために曼荼羅が描かれましたが、ここ東寺には仏像をそろえて立体化した曼荼羅を見ることができます。
講堂には宇宙の中心とされる大日如来像を中心にし、如来、菩薩、明王、天部の21の仏像が配置され、そのスケールに圧倒されます。
ときどき博物館に出張されることがあるので、フルスケールで鑑賞するには事前にチェックしておいた方がよいでしょう。

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