3.日本仏教史概観 奈良仏教 – 法相宗 –

仏教

いまでは葬式仏教のイメージが強い僧侶ですが、奈良仏教の僧侶はいわば大学教授のような存在でした。お経や儀式の段取りを覚えて、お布施で生計を立てる江戸時代以来の僧侶とは一線を画します。
その点を押さえるために、奈良仏教、南都六宗のうちの法相宗を取り上げてみます。
それが宗教というよりもほぼ「哲学」であることが伝われば幸いです。

もともとは古代インドでヨガによる思索の結晶が文字にされていました。そのインド瑜伽(ゆが)行派(唯識派とも呼ばれた)のヴァスバンドゥ(世親)の著作が、玄奘三蔵がインドから持ち帰った多くの経典のひとつにありました。それを漢訳し注釈とともにまとめたものが「成唯識論」、そして唯識論として研究され、法相宗は唐の時代に始まった大乗仏教宗派のひとつとなりました。
それが飛鳥・奈良時代の6世紀末から7世紀に日本へ入り、8~9世紀の平安初期にかけて隆盛を極め多くの学僧を輩出しました。

さて、唯識論です。テキストには前興福寺貫首の多川俊英さんの著作「唯識 こころの哲学 ~唯識三十頌を読む~」を取り上げます。
前書きにそのエッセンスが記述されています。
『唯識の思想ですが、煎ずるところ、私たちはわが心のはたらきによって知られた限りの世界に住んでいる』、『私たちが「これぞ現実」と思っていることも、実はそうした情報によってつくり上げられたものにすぎない』とあります。
五感から入力された情報を、脳内で再構築して認知できたものだけを「現実」としてしているに過ぎない、ということです。

認知心理学という分野がありますが、向き合った顔にも台にも見える「図と地」といった錯視の例が示すように、我々は物事をあるがままに認識しているわけではありません。
水晶体(レンズ)を通して倒置像として網膜に映像は映りますが、それらはセンサーとしての個々の視細胞で受容され、後頭葉、側頭葉へと伝わってはじめて「見る」ということになります。
20代のころの友人と何十年ぶりかで同窓会で顔を合わせたときに「ぜんぜん変わってなーい」という言葉が聞こえたら、それは脳内補正がかなり効いている証拠でしょう。
「見たものしか信用しない」と言う人もいますが、こんなあやふやなものだけを判断基準にしてよいのやら。

~ 第1章 心の構造とその展開  ~      (*ごく一部の抜粋です)
初阿頼耶識 始めのは阿頼耶識(あらやしき)なり
異熟一切種  異熟 なり、一切種なり

不可知執受 不可知の執受処と
処了常与触 了となり。常に触と
作意受想思 作意を受と想と思と相応す。
相応唯捨受 唯し捨受のみなり
~ ~ ~ ~ ~
こんな韻文のような原著から主張を再構築するわけです。すでに研究対象レベルに至っています。
その解釈したところから説明すると、
無意識の最も奥底にある領域を「第八阿頼耶識」と呼び、主体からは認識できません。(だから無意識)主体(心王)に不随する心のはたらき(心処)は、ごく基本的なものと考えられ、つぎの5つです。

触 (心を認識対象に接触させる)
作意(心を機動させる)
受 (認識対象を、苦または薬、あるいはそのどちらでもないと受け止める)
想 (受けとめたものを自己の枠組みにあてはめる)
思 (認識対象に具体的にはたらきかける)

ほんの触りのところでこの難解さです。
無意識のエリア、第八阿頼耶識は主体が意識できないまったくの無意識の領域です。
その上位には第七末那識(まなしき)も無意識の領域ですが、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の前五識)に接する潜在意識であり、寝ている間も活動する意識です。
意識は、五感(前五識:目識、耳識、鼻識、舌識、身識)と「意識」を指します。

唯識の特徴を箇条書きにすると、以下の通りです。
・末那識と阿頼耶識は深層心理として無意識の分野に初めて言及した
・自らと、自らが認知する外界の在り方3つに分類し、修行段階によって世界に対する認知のありようが異なることを説明した
・法華経などの説く一乗は方便であるとして、誰でもが成仏するわけではないことを説いた(五性格別)
・般若経の「空」を受け継ぎながら、まず「識」は仮に存在するという前提に立ち、自己の心の在り方を瑜伽行の実践を通して悟りに到達しようとする

なにかよく分からなくても、法相宗の僧侶がインテリであることだけは理解できたかと思います。

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